江國香織さん
本は昔から好きなのですが、ダントツで好きな作家さんがいます。
江國香織さんです。
同じ本を何回も読み返すのって、江國さんの作品ばかりかも。読み返したくなるんです、定期的に。
小説も、エッセイも、詩 ( すみれの花の砂糖づけ ) も、大好き。
合う合わないって、やっぱりあると思うのです。例えば、吉本ばななさんも、好きそうだよね、とよく言われますが、私はあまり合わないんです、自分の中に、スッと入ってこない。
でも、それは今の私にとってであり、もしかしたら、10年後はスッと入ってくるかもしれない。
江國さんに関しては、本当に、どれを読んでも、スッと入ってくるし、江國さんの選ぶ言葉が好きなのです、きっと。
それは日常生活にも当てはまり、あ、このひとの選ぶ言葉好きだなあ、とか、しっかり考えて言葉を発しているなあ、とか、私と言葉のチョイスが似ているなあ、とかありますよね。
本が好きなひとは、割と共感してくれると信じています!!!
号泣する準備はできていた、という短編集の解説で、光野桃さんが、「 江國香織さんの小説は、読む、というより食べる、という感じだ。」と仰っていますが、ここで私は 「 くぅ〜〜!!そう!そうなんだよおおお!」 と、心の中で、心の中でですよ、叫びました。
食べる、そう、食べる。( 実際に食べるんじゃないよ、ヤギさんじゃないので )
ただ文章を頭に入れるのではなく、噛み砕いで、消化して、私の栄養となるのです。私を作ってくれています。
好きな作品を上げるのはキリがないのですが、今の気分で選んでみます。
☆小説
がらくた
神様のボート
( ごめんなさい一つに絞れまてん )
☆エッセイ
雨はコーラが飲めない
泣く大人
いくつもの週末
( だから一つに絞れないって )
雨はコーラが飲めないについては、いぬを
飼っているひとはとっても愛しくなるエッセイでは??
うちの小梅( 柴犬 ) もコーラが飲めません。
花を飾る大人
引越しのとき、母の嫁入り道具の鏡面台を譲り受け( 嫁には入ってませんが )、
その鏡面台の上には、ほぼほぼ花を切らすことなく飾っています。
これ、あるとないとじゃあ違うんです。
お部屋が、気持ちが ぱっと明るくなる。
我が家は母がお花好きで、台所にはその季節のお花が飾ってあったし、お庭も綺麗に手入れされていました。
植物が当たり前に日常にあったのですが、それは別に一般的なことではないことに、大人になってから気が付きました。
なくてもいいものだし、興味がない人は本当に興味がないのだけれど、それは、人それぞれ。
ただ、私は、お花見や紅葉を楽しむのと同じように、日常で植物を楽しんでいたいし、母が、お花を飾る大人で良かったなとも思います。
500円の花束で気持ちが明るくなるって、とても幸せなことでは??
お花を見て、綺麗だなあと思える心を大切に、お花を楽しむ心の余裕を大切に生きていきたいですね。
写真家のおじいさま
カメラは一応持っています。
Nikonのミラーレス一眼。
きっかけは、昔、個人のセレクトショップで働かさせて頂いていて、基本一人でお店番をしていたのですが、これがまぁー暇で。暇すぎて泣いちゃうくらい暇で。暇つぶしの一環、あ、違う、お仕事の一環としてブログを書いていて、その写真を綺麗に撮りたい、カメラ買っちゃえ!でした。
その前からね、上司の一眼レフ借りてパシャパシャやっていたのですが、やっぱりカメラで撮る写真は綺麗。iPhoneもすごく綺麗なんだけど、綺麗の種類が違いますね。iPhoneは、機械的な美しさだけれど、カメラは、いや、カメラも機械なんだけれど、もっと動的な美しさがありますね。iPhoneって基本あんまり撮る人の個性でなさそうだけれど、カメラは出まくり。私なんかは下手っぴで悩みましたもん。
実家の犬なんかもね、撮っちゃったり。
いぬに関しては、落ち着きがないので
iPhoneで適当に連写してた方が良いのですが。
そう言えば、そこのセレクトショップにいたとき、
フラッと入ってきたおじいさまが、私は写真家で、
昔、篠山紀信の弟子で、何度も一緒に仕事をしたもんだ。
と語り始めたことがあったなあ。
ふんふん聞いていたら、最近の若者は私の話を信じずに
適当に流す奴ばかりだが、お嬢さんはしっかりと
聞いてくれるね。ありがとう。と言ってもらった。
私はただおじいさまのお話が面白かったから
聞いていたので、その話が嘘か本当かなんてどうでもよかったし、
嘘なら嘘でチャーミングだとも思う。
それよりも、おじいさまが見せてくれた写真の数々が本当に綺麗で、中には私がよく行く公園の写真なんかもあったりしたのですが、まるで違う場所、世界遺産ですかここは並みに綺麗な風景写真で、その写真が全てだと思ったのでした。
インスタ映え、が流行っていますが、まあ、別に楽しけりゃいいと思うのだけれど、どんなにお洒落なカフェでかわいいケーキを角度を変えながらiPhoneで撮る一枚よりも、あのおじいさまが、嘘か真か、尊敬する篠山紀信師匠を思いながら、自分の人生を思いながら、心を込めて、その瞬間瞬間を刹那的に捉えた一枚の方が、私の心に深く残っています。
罪悪感と満足感
洋服バカで、仕事もアパレルなので
毎月毎月洋服を買う。
しがない給料、独身、一人暮らし、で
やりくりするために、必然的に食費を節約するしかない。
仕事の日は、絶対にお弁当。
質素なお弁当で、朝は食べず、夜も絶対に自炊。
絶対を強調しているのは、一度でもまぁいいや。と
なると、それが続いてしまうから。
よほど、予定が立て込んでいたとき以外は、
今のところ守っている。
その代わり!!
たまにの、ちょっとした贅沢として、
お休みの日は、2回に一度の割合で、
外食することにしている。
ランチでも、喫茶店でおやつでも、しっぽり一人飲みでも、
いづれか一回、外食していいことにしているのであーる。
今日はいたがきでおやつにした✌︎
実家にいるときはしょっちゅう外食していたけれど
こうやって、月に数回にすると、その数回がとんでもなく幸せ。とんでもなく贅沢。
贅沢って、その加減も大切。欲張らず、我慢もしすぎず、罪悪感を感じずに満足感だけ感じられるタイミング、量でするからこそ、生きてて良かった、て思える。
怠け者の私には、毎日仕事をサボらず、犯罪もおこさず、
普通のひととして真っ当に生きていくためには、
少しの贅沢は絶対に必要。
特に、疲れたときの甘いもの!!
この上ない幸せではないですか??
コンビニスイーツに救われた夜がたくさんあります、、、
嫌なことや悲しいことはそれとして置いておき、ひとまず美味しいものを食べる。すぐに 幸せな気持ちになれるし、食べた後、嫌なことなど案外ケロッと忘れてるものです。お薬なのです、私にとって。
まぁ、私の場合、お洋服代を減らせば、休みの日に2回に一回ではなく、毎回外食できるのかもな。
そんなこと昔から気付いていて、無理なことも気付いている。
読者がいなくてもブロガーになれる
地元を離れる際、母に、ほぼ日日記なる日記帳をプレゼントされ、毎日つけてみなさいね。と送り出されたのだけれど、もちろんものの見事にまっさらなわけで。そりゃあ 後で振り返ると面白いだろうなあとは思います、成長したなあとか成長してないなあとか、懐かしいなあとか二度と戻りたくないなあとか。
ただ書くタイミングが分からないのと、ペンを持って文章を書く、と言う行為が、好きなのだけれど、どうにも業務的に感じでしまうのも事実で。スマホの方がスラスラ書けてしまう様になっていた。
ツイッターも然り、インスタグラムのあのちょろちょろっとしたくだらない文章に然り、私はスマホで文章を綴るという行為が好き。だったらブログを始めよう、スマホブログでほぼ日日記もいいじゃないか、データとして残るし。と思い、始めました。
基準として何文字くらい書けばいいのかも分からないペーペーですが、長すぎると後で読み返す時に疲れそうだしスマホの見過ぎで寝られなくなるのも哀しいので、これにて。
また明日!( さて、明日も書けるのか? )
ザ・邦画の傑作 南瓜とマヨネーズ
2日連続で同じお題ですが、、、
というかもう映画ブログにしちゃおうかな ( 投げやり )
最近観た、のではなく、最近見返した。が
正しいのだけれど、映画館で一度みて、
ふと、あ、もう一回観たい。と思い、
DVDを借りて観たのが
前回の投稿で私は映画オタクだと公言しましたが、
中でも邦画です。気だるーい雰囲気の邦画が大好物。
洋画に求めるものが スケールの盛大さや大きな感動、
はたまた一瞬たりとも目を離せないスリルやアクションならば、
邦画に求めるものは全体の雰囲気、小説のような
観終わったあとに何とも言えない余韻が残る、
号泣はしないけれど何か涙目になってるぞくらいの、
あの感じなのです。
南瓜とマヨネーズも然り。
そこにあるのはただの日常、誰にでも起こりうる出来事。
なんだけれど、観る年齢やそのときの環境によって、
感じ方は全然変わってくる。
主人公の土田は私と同じ歳だった。
私も、自分が何をしているのか、
何がしたいのか、すべきなのか、
全くわからない。本当に、全く。
とある出来事に対して、自分のことと
思えない時もあるし、こうなって欲しかったはずなのに、
自ら導いたはずなのに、これで本当に良かったのか?と
自問自答することもある。
でも、生きているって、そういうこと。
日常に溶け込み、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、
勇気をくれる邦画が私は大好き。
そして太賀くんもオダジョーも大大大好きな
私にとてーもありがたい映画なのでした。
太賀くんはこの作品のこの役が一番好きだな。
オダジョーパイセンはメゾンドヒミコのハルヒコ役と
メゾンドヒミコの特典DVDのショートムービーの
何かめちゃくちゃダメだけどエロくてかっこいい
先生役といい勝負だな、、、、、、
悩めるアラサー女子に、ぜひ
ボヘミアン・ラプソディ
あまり、というかかなり、友達の少ない学生だった。小学生まではわりと無邪気な少女だったけれど、中学生辺りから可愛げのない生徒、不良ではないけれど何事にも全力で取り組まず、体育祭文化祭は準備に参加せず帰る、流行り物を内心バカにし、なぜかセックスピストルズにハマり アナーキーな心で私だけは周りと違うといつも思っていた。そんな奴、女子の仲良しグループに馴染めるはずもなく、一人で家で過ごすことが多かった。
そんなわけで ( どんなわけだよ!) 私は10代の頃から気がつくと映画オタクになっていた。大学生の頃は映画が好きすぎるあまり、飲食店のバイト先に内緒でこっそり映画館でもバイトを始めた。( すぐバレた )
大学生なんて時間だけある暇な若者なので( 偏見!!) 毎週一本は映画館で映画を観ていた。
そんな私が最近観た映画は、、、
ボヘミアン ラプソディ!!
しか観れてない!!
いや、ハードル上げておいて超メジャー流行りのヒット作かよ、っ感じは否めませんが、これは、社会人になると毎週映画を観に行けない日本の労働環境と私の金遣いの荒さが悪いのである。
話が逸れそうなので戻すけれど、ボヘミアンラプソディ、すごくヒットしてますね。
暗黒の中学生時代、前述したように、セックスピストルズやクラッシュが好きだった 私はクイーンは通らずに大人になり、今でも全然きかないし、映画を観たからと言ってハマることもなかった。でも、感動はしたよ。
ただ、私は同じような音楽のグループを追った映画なら、数年前のジャージ・ボーイズの方が好きかな。あちらの方が映画としての完成度は圧倒的に高い気がする。監督もイースドウッドだし、もっと話題になるかと思っていたけれど。あ、本当、個人の見解なので。
ボヘミアンラプソディの公開が数年前だったら、ここまでヒットしたかな?とも思ってしまった。つまり、時代にすごくマッチしていたのでは??圧倒的なロックスターがいない今、SNSですぐに情報を拡散できる今、カメラを止めるなで映画を何度も映画館で観ることが 話題になった今、まさに、ドンピシャリだったのでは??
フレディは確かに天才だし唯一無二だけれど、だからこのあの孤独感はとても苦しく切なく、とても耐えられない私は、映画を観てもわー!とは盛り上がることができないのでありました。はちゃめちゃな天才ともまた違う、クイーンの音楽はとても素晴らしいけれどそこの根底はベースの部分がしっかりしているからな気もしていて、その部分の音楽への誠意がとても切ない。
何が言いたいのかわけわかめなので終わります。
ボヘミアンラプソディぜひみてね!!